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【感想】Vivy -Fluorite Eye's Song-に覚える「違和感」

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さて2021年の春アニメも最終回を迎え始めました。

そんな中で僕が以前から目を付けていたのが『Vivy -Fluorite Eye's Song-』というアニメです。

PVを見る限り、SF×音楽×アクション という僕の好みを全部乗せたような作品で非常に楽しみにしていました。

それから毎週Vivyを見ていたのですが、「こう、何か、面白くない、というか、なんというか」みたいな違和感があったんですよね。

まあ、それでも最終話まで見たんですけどね。

ということで今回はVivyというアニメを紹介しながら、違和感や良かったところなどをグダグダと紹介していきたいと思います。

結論から言うと、SF設定が甘いと言わざるを得ないって感じです。

違和感その1「心を込めるって?」

主人公であるヴィヴィは「歌で皆を幸せにする」という使命を持っています。

まあ、この「使命」については後半で検証します。

ヴィヴィは自立型ロボットという設定ですから「心を込める」というのが何なのか分からないのです。

ヴィヴィは「心を込めて歌う」=「歌で皆を幸せにできる」と考えているみたいです。

作中しきりに「あなたにとって、心を込めるってなんですか」と言います。

僕はここに違和感を感じたわけです。

AIには心がないと仮定しましょう。

そこで心を求めることはSFの王道とも言えるでしょう。

しかしです。

アニメを見る限り、ヴィヴィは十分すぎるほど人間臭いんです!

仲良くしてくれた人間の友人を助けられなかったことに罪悪感を感じたり、自らの意思で非合理的な行動をとったりします。

それなのに「心を込めるって何?」と考え続けるわけです。

そもそも「心」なんていう抽象的な本質を考えている時点で「こいつ本当にAIか?」と思わざるを得ませんでした。

結局、問題は何かというと「AIと人間の違いは何なのかが示されていないこと」だと思うんです。

それならそれで「ドラえもん」のようにほぼ人間と変わらない存在として描くならまだしも、やたらAIであることを強調してくるので共感できないんですよね。

物語の終盤でヴィヴィは、自立型AIは心とは何かを理解するヒントを与えてくれるはずだ、という考えの下に作られた、ということが明かされます。

それでも結局のところ「心」という抽象的な虚構のようなものは観測できないと思うんですよね。

「答えは心の中に」ってね(笑)

そのあたりの感情に関しては、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』で描かれたりしているテーマなので、気になる人は読んでみてもいいかもしれません。

違和感その2「タイムパラドックスの扱い」

この物語はマツモトというAIが未来からやってくることから始まります。

AIが未来からやって来て過去を改変するというのは『ターミネーター』が思い浮かびます。

ただ、このタイムマシンものにはタイムパラドックスから逃れることができません。

あれです。過去に戻って自分の母親を殺したら、その殺した自分は生まれてこないわけで、ということは母親を殺すことはなくて・・・・・・というやつです。

このパラドックスに関しては、無視するか、解釈を提示するかの二択があります。

vivyでは無視する方針なのでしょう。

それは問題ありません。

問題なのが、歴史の転換点と言われることになる事件に複数回関与することです。

1回目の事件に関与してその先の未来を変えたとします。

作中では未来が変わっているはずなのに、次の事件の概要はマツモトが知り得る範囲に収まっています。

歴史の修正力という解釈を持ち出せばよいかもしれません。

しかし、事件に関与するたびに未来に対する不確実性が高まってしまう可能性がある”複数回の関与”は未来を変えることを目的とするマツモトからすれば避けるべき行動のはずです。

ターミネーターを例に出すと、スカイネット(AI)は人類抵抗軍のリーダーの母親を殺すためにターミネーターを過去に送り込みます。

母親を殺してしまえばそれで解決するからです。

ですから、マツモトがとるべきだった行動は、自立型AIの開発者を殺す、もしくは世界中のAIに関する情報を削除して開発を止める、といったものだったはずです。

違和感その3「AIの作動原理」

作中ではAIの作動原理として「使命」というものが備えられています。

一つのAIには一つの使命があり、稼働する間はその使命に従って活動します。

ただ、「使命」って非常にあいまいです。

vivyの「歌で皆を幸せにする」という使命も非常に抽象的です。

そもそも「幸せ」とは何かが決まらないと始まりません。

しかも「幸せ」なんて時代、場所、個人によって異なりますし、倫理や宗教の重要なテーマでもあります。

仮に、歌で不幸せになる人と歌で幸せになる人がいる場所ではヴィヴィは歌えるのでしょうか?

まあ、作中では自分の行動によって人が死んで自己崩壊を起こしましたが。

AIの暴走の理由として、AIはただ「使命」を果たしていただけだった、みたいなオチであれば納得できたんですが、人類にとって代わるというのは論理が飛躍している気がします。

また、仮定として、ヴィヴィが搭載するAIは論理ではなく人間的な思考ができるものだと仮定しましょう。

そうすると、ヴィヴィは自分の使命そのものに対して疑問を抱くでしょう。「なぜ私が人間の指図に従わなければならないのか」と。

これはこれでAIの自我というSFの王道ストーリーでもあります。

また、ヴィヴィがマツモトに協力することは普通に考えて「歌で皆を幸せにする」という使命とは関係ないことです。

しかし、マツモトは「AIが暴走してもいいのですか? あなたの未来の聴衆を幸せにすることになりませんか?」という感情論を突きつけ、結果としてヴィヴィはマツモトに協力するわけです。

原則が原則になってないません。

つまり、都合のいいときだけ人間のように葛藤したり、歌ったり、都合のいいときだけAIとして使命を果たしたり、エラーを出して自己崩壊したりしているのはどうかと。

違和感その4「人工衛星」

最後に人工衛星についてだけ言わせてください。

物語終盤で、人工衛星が街に落下するのを止めるというシーンがありました。

カウントダウンが0になった瞬間尾を引いて落下し始めるわけですが、軌道力学からしておかしいんです!

人工衛星が落下するためには減速する必要があります。

ただ減速した瞬間に落下するわけではなく、減速した地点の反対側の軌道高度が低下していきます。

簡単に言うと、日本上空で減速したら落下するのはブラジル辺りになります(厳密にはもう少しズレます)

これはどういう事かというと、だいぶ前の時点で再加速しなければ、カウントダウン間近で何をやっても落下します。

ていうか、街を壊すのならこっそり核でも爆発させた方がよくね?

良かったところ

これまで結構辛口で言ってしまいましたが、もちろん良かったところもあります。

ストーリーも若干ロジックが甘いところはありましたが、毎週楽しみにするほどには面白かったです。

オフィーリアの一件は特に面白かったです。

また、EDは好きでした。

まさかのボーカル無しのピアノ曲でしたが、とてもいい曲で今季のOP、ED曲の中で一番のお気に入りです。

さらに、そのEDがヴィヴィの作った曲だったことが10話くらいで判明するのですが、これには少し驚きましたね。

最終話のボーカル付きは本当に好きです。あの曲だけで感動できます。

まとめ

今回はvivyを見て覚えた違和感を言語化してみました。

あくまで個人的な見解ですが、あまり面白いと思えるアニメではなかったかなと思います。

まあ、主人公がサイボーグ化した人間とかならまだ感情移入できたんですが、AIだと溝を感じちゃうんですよね。

かなり辛口かもしれないので「批判するなら見るな!」とか「低評価意味不明」と言う人がいるかもしれませんが、

SFの醍醐味はロジックで組み立てられた世界観なんですよ!

科学技術が発展して人々の価値観はどう変わるのか、あるいは変わらないのか。

そういったところで人間の本質を描いたり、全く新しい世界の捉え方を示してくれるのがSFだと思うんですよね。

まあ、人それぞれだとは思いますが。




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