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【SF名作紹介】『1984年』で考える完全監視社会の恐怖

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今回はSF『1984年』を紹介したいと思います。

タイトルの完全監視社会の通り、全体主義+社会主義のヤバイところ、監視社会が書かれたディストピアものの名作です。

最近は本人そのものが話しているとしか思えない映像がAIによって合成されるることが技術的には可能になってきています。

なので『1984年』の世界に現実世界が近づいてきているのではないかと個人的には思っています。

そんな名作『1984年』と言われても聞き馴染みが無い人も多いでしょう。

でも海外、特に英語圏なんかではなかなか有名で、イギリスでの「読んでないけど、読んだふりをしている本ランキング」で1位に輝きました。栄誉なのかどうかは置いておくとして。

ちなみに聖書は4位だったりします。

まあ、それでも読んだふりをするほどには教養として認識されている本なのでしょう。

プライバシー関連のニュースが流れると毎回のように『1984年』が引用されています。

これは僕の体験談なのですが、大学の英語のテキストに『1984年』が引用されていました。

つまり、筆者は『1984』が教養の一部であると考えていたわけです。

僕はその時「この本を読んでおいてよかった」と思いましたね。

もしあなたが外国人と会話をする機会があって、『1984年』の言葉を使われたら反応できますか?

「『1984年』すらも読んだことないのかよ」とか思われるかもしれませんよ!

まあ、『1984』は内容を知っておいて損はないと断言できる本です。

では、前半で物語の紹介を、後半では本の内容と現実とをつなげていきたいと思います。

あらすじ

簡単に物語の流れをまとめると、

  1. 一党独裁で自由が皆無な社会で暮らす主人公が体制に疑問を持つ
  2. 疑問が膨らむとともに反体制運動の存在を知る
  3. 党の幹部の1人が実は反体制運動に参加していた
  4. 実はその党幹部は主人公をあぶり出すために反体制を装っていた
  5. 主人公は逮捕され拷問を受ける
  6. その結果主人公の思考は完全に変わり、党を讃えるようになった

という感じです。実際は女性と出会って色々とあるのですが流れとしてはこんな感じです。最終的に主人公は負けます。

では、詳しく紹介していきます。

『1984年』では1950年代に勃発した核戦争の後、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという3つの国に分かれています。

そして3国がお互いに裏切り、協力を繰り返しながら延々と戦争をしています。

ただ実は3国は裏で通じていて、経済を回し、体制を維持するための道具として意図的に戦争を続けているんです。

戦争は生産物を消費してくれるものです。日本でも朝鮮戦争の際の朝鮮特需が経済復興の助けになったことは疑いようのないことです。

また敵が存在すれば国民の不満をそらすこともできます。戦時中のナチスに代表される全体主義がいい例です。

主人公ウィンストン・スミスの住むオセアニアでは思想・言語・結婚などあらゆる市民生活が統制されています。国家体制に反対することを考える事すら禁じられています。「思考犯罪」と言われています。

一般市民らは物資の欠乏に苦しみ、さらに部屋の中には「テレスクリーン」と呼ばれる双方向性メディアを設置することが義務づけられ、屋外では至る所にマイクが設置され、屋内外を問わず常に市民の行動が監視されています。

体制に反対する会話をしようものなら文字通り存在を消されます。

過去の記録は党にとって都合のいいように改ざんされ続けており、自分の記憶が正しいのかさえわかりません。

市民の暮らしは良くなっていることになっているが、そもそも比べる対象が意図的に作られた情報なので比べようもありません。

「2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4と5にもなりうる」というのがこの小説を象徴する一文です。

仮に党の発表が誤りでも「党の発表は確かに誤りである、しかし党が発表したものは真実だから正しい」と思考することが求められます。

これを「二重思考」と呼びます。

主人公は党が客観的事実や個人の経験まで支配することに強い嫌悪を感じます。「2 + 2 = 4と言えるのが本当の自由だ」と。

そんな中、党幹部のオブライエンと接触することになります。

そしてオブライエンは主人公に、自分は「兄弟同盟」という秘密結社の一員であると告げます。

「兄弟同盟」は党の支配に対して反対する組織です。情報漏洩や党の監視を逃れるため組織のリーダーや他の構成員は教えられません。

組織の命令はすべてオブライエンを通して伝えられます。

で、隠れながら色々と危ない行動を重ねていたのですが、ついに警察に捕まってしまいます。

そして主人公は愛情省と呼ばれるところに連行されます。そこは体制に背いた人を「矯正」するところです。

そうして主人公も激しい拷問を受けることになります。オブライエンによって

実はオブライエンは「兄弟同盟」に潜入していたスパイだったのです!

いや、そもそも「兄弟同盟」など存在しなかったのかもしれない。

いや、そもそもスパイでもなかったのかもしれない。党が間違っているという思考と党が絶対的に正しいという思考を同時にしているだけなのかもしれない。

党の高級官僚でもあり、「兄弟同盟」の一員でもある。

いずれにせよ、オブライエンこそ党が求める「二重思考」を完全に操る人間だったのです。

オブライエンは言います。

「これから、お前という人間を破壊する。」と。

「表面的にではなく、心の底から思うようにならなければならない。」

「君が空っぽになるまで絞り上げて、それから我々で満たしてあげよう。」

長い拷問の後、主人公は2 + 2 が 5にも3にも考えられる様になります。

そしてそこには、心の底から党を讃える男の姿がありました。

という話です。

『1984年』から学ぶべきは?

読んでもらった通り、ストーリーは面倒くさいです。分かりにくいし。

ただ「こんな世界で暮らしたい」とは思いませんよね?

行動や思想が常に監視され、過去の事実が権力によって捻じ曲げられる。そして自分の生活が完全に管理される。

この小説では権力による抑圧のもとで成立していますが、現実は少し違った監視社会になっています。

中国の現状

よく監視社会の例で挙げられるのが中国です。

最近中国に行った人なら分かると思いますが、監視カメラの数がハンパないです。

中国人は一人ひとり番号が割り振られ身分証明書を持ちます。もちろん顔写真も登録されています。

なので、町中の行動が常に監視されているわけです。

中国人はマナーが悪い、みたいな固定概念があるかと思います。

僕は旅行で上海に行ったのですが、信号無視や猛スピード、路上横断は皆無でした。

行動が監視されているからです。まあ、経済発展に伴って民度が上がったとも言えるかもしれませんが。

また、個人の信用をスコア化してそのスコアによって受けられるサービスが変わってくることもあります。

例えば信用スコアが高い人に対しては低金利でお金を貸すけど、スコアが低い人には金利を高くする、みたいな感じです。

とまあ、現在中国はかなりの監視社会であることは間違いないです。

ある意味一番『1984年』の世界に近いかもしれません。

SNSによって表に出た被監視欲求

お隣の中国を見て「監視されて大変そう」みたいに他人事に思っていませんか?

僕は日本も既に監視社会であると考えています。

SNSなんかがいい例です。

SNSとは言っても、LINE、Twitter、Instagram、YouTubeなど色々あります。

これらのツールは「自分が不特定多数に見られる」ツールなわけです。

つまり、現代人は自分から誰かに監視されにいってるとも言えるわけですが。

  • 自分の考えている事をTwitterでつぶやく
  • 自分の食べた料理の写真をInstagramに上げる
  • 自分のルーティーン動画をYouTubeに上げる

最後のは一部の人ですかね。それでも10年前と比べれば個人が発信する情報は増えたと思います。

別に誰かに命令されてInstagramをやっているわけではないですよね?

つまり、我々人間というのは「監視されたい生き物」なんです。

監視によって便利になる生活

あなたはスマートスピーカーを使っていますか?

日本ではあまり普及していませんが、アメリカでは40%近い普及率です。

以前、そんなスマートスピーカーがプライベートな会話を記録しているというニュースがありましたよね。

スマートスピーカーで録音した会話がアマゾンで働く数千人の従業員に聞かれている。

まさしく小説に登場する「テレスクリーン」です。いつ聞かれているのかもわからないわけですし。

まあ、アマゾンは「ちゃんとやってるから個人情報に関しては心配ない」みたいに言っていますが。

しかし、会話内容を分析することスマートスピーカーの性能が向上することも事実です。

いわゆるビッグデータというやつです。

学習するデータが多いほどAIの精度が高まるわけです。

これはスマートスピーカーに限らず、他のサービスでも同じことが言えます。

検索したキーワードによって最適化される広告。

YouTubeのトップに自分が好きな動画が表示される。

全てあなたのプライベートな情報が使われています。

つまり、あなたが情報を公開すればするほど便利になるんです

これもまた、あなたの自由意志に基づくものです。

別に誰かに強制されてYouTubeを見たりしてるわけでも無ければ、検索する時にGoogleを使うように強制されているわけでもありませんよね?

監視と支配の本質

こんな感じで、現代社会はある意味すでに監視社会です。

しかし、それは監視という言葉が持つイメージよりも格段に優しくて便利で楽しいんです。

それが、作者のジョージ・オーウェルが想像できなかった事なのかなと。

『1984年』では権力者が市民に不自由を押し付けることで体制を維持しているわけです。

しかし実際は、生活を便利にして、楽しくすれば民衆は喜んで監視されることを受け入れ、自らプライベートも晒すんです

てな感じで現代社会はもう監視社会になっています。

しかも大半の人がその現状に疑問を感じていないと。

この状況って怖くないですか?

『1984年』でも描かれていたように、人間の考えなんて簡単変わります

あなたが今大切だと感じているもの、生きる支えになっているものもちょっとしたきっかけで変わるかもしれません。

それを強制されるわけでもなく、自分自身の意思で変わってしまいます。

そう思うと少し虚しいですね。

まとめ

というわけで『1984年』について語ってきました。

ストーリーの内容は一言でまとめると、自由を求めた主人公が拷問の結果政府を心酔するまでになった、という感じです。

この小説から学べることは

  • 現代はすでに監視社会
  • 人間は弱すぎるので、信念は簡単に変わる

ということです。

インターネットを介した「監視」はこれからも加速していくでしょう。

さらに人間は弱い生き物です。

「便利」と「楽しい」 この2つがあれば強制しなくても自ら服従しちゃうんですよね。

なので、自分の信念や常識だって簡単に変わります。

それが良いとか悪いとかは関係なくです。自由とか平等とかも本当は最悪の思想だったりするかもしれません。

「記録と記憶さえ書き換えられれば歴史は変わる」

まあ、世の中に絶対的なものはない、ということで。





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